カナリア*

雨の日の過ごし方 3

「何なのさ一体」
 
フォルスは首を傾げながら脱衣所を見回した。棚の籠は一つだけ使われており、そこにはフリックのものらしき青い服が脱ぎ捨てられてある。とりあえず彼がここに入ったのは間違いないらしい。
 
「もっしもーし、フリックさーん?」
 
呼んでみたが、返事はない。フォルスは空きっぱなしの風呂場へと続くドアへと目を向け、浮かべていた表情が顔に張り付いた。
 
 
「わ、わーお。オレ肝試しって苦手なんだよね……」
 
何だか見たくないものが広がっているような気がする。そこから見える光は赤黒く、湯気もその色に染まっていた。さらに向こうでたくさんの影が揺れているような気がする。見たくない。できれば全力で拒否したい。しかしフリックを見てきてくれと言われた以上、というかここでUターンなどしたら後でリュウに何を言われるかわからないので、フォルスは意を決してそちらへと向かった。
 
 
 
「わーやっぱりやめればよかった!」
 
黒、黒、赤、白、紅、白、赤、黒。風呂場を満たしているのはそんな色だ。赤は嫌いではないしむしろ好きだけれど黒とセットで暗い部屋に置いた上に白を混ぜるのは勘弁して欲しい!人形とはいえ一斉に首を吊っている様はホラーだまるっきりホラーだ!!
 
 
「ふ、フリックさーん、生きてるー? とりあえずオレ早く出たいから返事してくれないかな! 別に何もしないよ、ちょっとこんな所に入れられたことで八つ当たりさせてもらうけど、それ以外は安心していいから出てきて欲しいなあ!」
 
もうやだこんな風呂。ちょっぴり涙目になりながら、フォルスは風呂に足を踏み入れた。
 
 
 
――ぴちゃん。
 
 
 
響いた足音にどきりとするが、それは自分の足音だ。ふうと息を吐いて、フォルスは辺りを見回した。吊られている白いのっぺらぼうと黒い呪い面のせいで視界が悪い。できるだけ人形の顔には視線を向けないようにしながら、奥へと進む。
 
ぴちゃん、ぴちゃん、ぴちゃん。自分の足音がやけにうるさい。フォルスは一旦立ち止まって、巨大てるてる坊主の胴体を手で避けた。
 
 
 
 
 
――――ぴちゃん。
 
 
 
 
 
「え……っと」
 
違う。自分ではない。自分はだって立ち止まったんだ。動いていない。動いていないということは自分の足音が聞こえるはずがない。ということは別の誰かの足音のはずだ。フリックであることを祈りながら、フォルスはゆっくりと音のした方に視線を向けた。
 
 
 
「…………」
「…………」
 
 
 
じっとこちらを見上げてくる黒髪の少女と、目が、合った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
      +
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「全部聞こえてるって分かってんのかなあいつ」
 
風呂場の方から聞こえてくるフォルスの声に、リュウは苦笑交じりの笑みを浮かべた。さっきから止めとけばよかっただのフリックを呼ぶ声だの、全部外まで聞こえている。その内容から風呂の状態を皆察したらしく、好奇の目と哀れみの視線と楽しげな笑顔が風呂場に注がれていた。
 
小さな水音が微かに聞こえてくる。風呂の中に入ったらしい。その音は数回続いて――
 
 
 
 
「……あれ?」
 
静かに、なった。
 
 
 
 
リュウはサキたちと顔を見合わせて首をひねる。怖がってくれたとはいえ気絶するほどではなかった。何より大きな水音は聞こえなかったから倒れたというわけでもないだろう。またしばらく待ってみたがやはり静かなままだったので、再び首をひねって脱衣所に向かって歩き出す。何人かがそれに続いて入って来た。
 
「フリックさん、フォルスさん、大丈夫ですか?」
 
サキがとててと赤い風呂場に駆けていき、シーナやルックがそちらを見に行った。脱衣所の中を見回してみたが、特に変わった様子はない。棚には空のかごが並び、部屋の隅に体重計が置かれている。何もない。ただの脱衣所だ。ということは風呂場の方にいるのだろうと、リュウはそっちに向かった。
 
 
 
「うっわー、何だこれ……」
「なかなかだろっ! 我ながらいい感じにホラーな風呂になったと思っててさ」
「やりすぎなんじゃない、これ」
「ん? 何だルック怖いのか?」
「そんなわけないでしょ」
 
シーナとルックの反応に満足し、リュウは風呂場を見回した。てるてる坊主と人形のせいであまり奥は見えない。とはいえ、巨大てるてる坊主も足元を全て隠すほどではないから、とりあえずしゃがみこんで下を覘いた。しかし2人を探すサキの足しか視界には入ってこない。湯船の中も一応覘いてみたが、赤い底が見えるだけだった。
 
「あいつらどこ行った?」
「本物の幽霊に連れて行かれたとか?」
「まっさかあ」
 
 
驚かせた仕返しに驚かせ返そうとしているのかもしれない。しかし壁に囲まれた風呂場の入り口は一つしかないし、脱衣所の出口は自分達皆がいたのだから出て行ったはずはない。てるてる坊主の中も考えたが、足を出さないように布にぶら下がったりしたら布か天井の紐かどちらかが切れる。ということは、トイレか掃除用具入れくらいしか思いつかない。
 
「おいカイン、そっちはどうだ?」
「一通り見たけどいないよ。それよりリュウ、フリックさんの服がない」
「はあ?」
 
そういえばさっき脱衣所を見回したとき、かごの中は全て空だった。フリックは風呂に入ろうとしたのだから脱いだ物はあるはずだ。それが、ない?
 
 
「やっぱどっかから出て行ったとか?」
「ないと思うけど……」
 
 
その間にも入ってきた仲間達がそれぞれ風呂の惨状に反応してくれている。中には顔を引きつらせてくれる人もいて、なかなかに楽しかった。が、楽しんでばかりもいられない。一応てるてる坊主の中も総出で調べてみたが、誰もいなかった。
 
「やっぱ出たんじゃねえの……?」
「んなわけあるか。幽霊なんていねえって」
 
できるだけ大勢に見せたかったが、こうなれば仕方がない。脱衣所の入り口に見張りを置いて、暇そうな奴を捕まえて――何人かに逃げられた――風呂のてるてる坊主と呪いの人形を撤去し、人が入れそうな場所は全て調べた。
 
 
 
 
 
「……いねえ、よな」
「いないね」
「いませんね……」
 
 
しかし、2人の姿はどこにもなかった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
Next ->

モバイルバージョンを終了