カナリア*

勝利の合図

狙うは一点、どんな生き物にもある弱点――すなわち急所。
 
 
強く弓を引き絞り、敵のそれに照準を合わせる。慎重に、けれど素早く。しかしテッドが弓の弦から指を離すのとほぼ同時に、モンスターの腕が狙った場所をかばうように前に出た。
 
――ち。
 
と心の中で舌打ちする時間もないままに、前に出された腕が落下を始めた。関節の辺りからカインに切り落とされた腕のぎりぎり真上を通って、矢が狙った場所に突き刺さる。ほんの一瞬でもタイミングがずれていれば別の結果になったはずだ。空気を震わす大きな鳴き声をあげた後、モンスターは地面にどうと倒れ、それから動かなくなった。
 
 
戦闘の後に残るのはわずかな時間の沈黙。静かな、けれど張り詰めた刻。
 
 
もう起き上がって来ないどうかを見守る緊張の残った静けさが回りの音を大きくする。木のこすれる音と、鳥の声と羽音が大きく聞こえた。熱くなった体を森の合間を抜ける涼しい風が冷やしていく。モンスターが身動きする気配は、ない。ふうと息をはいて弓を降ろすと、前方で歓声があがった。
 
「勝った勝ったー!」
「最後のやつすごいタイミングだったよなー」
 
タイミングと言っても、カインは狙ったのかもしれないがこちらにとってみれば偶然のようなものだ――とは思ったが、テッドは何も言わなかった。下手に口を出すと会話に参加させられてしまう。
 
 
「あ、そうだカイン、アレやらなきゃ」
 
こっちに歩いて来ながら、ジュエルが楽しげに胸の前で手を打ち鳴らす。
 
「……ああ、アレか」
「おう、やっとけやっとけ」
 
 
旧知の仲なだけあって3人の間には共通の認識があるらしいが、そんなことがテッドに分かるはずもない。よって傍観の姿勢で3人が何かするのを待つことにした。しかし、アレって一体なんだろうと思っていると、カインがテッドの前で立ち止まる。
 
「……何だ?」
「テッドさん、手を上げてもらえますか。こんな感じに」
「こうか?」
 
言われた通り、手のひらをカインの方に向けて顔の横辺りまで上げた。その直後、パンという乾いた音と共に手のひらに軽い衝撃を受ける。上げた手のひらにカインが自分のそれを打ち合わせたのだ。
 
 
「……え?」
 
 
意味が分からずそのまま立ち尽くしていると、横からタルが背中を叩いてきた。
 
「騎士団での合図だよ。友達と何か成功させた時にやるんだ」
 
合図。それはよかったが、別の単語が引っ掛かって再び固まる。
 
――友達と。
けど、でも、それは。
 
 
「軽くやったつもりだったんですけど、痛かったですか?」
 
そうじゃない、とテッドは首を振る。確かに少しじんとしたが、そんなのは一瞬のことだ。大したことではない。
――彼らは苦手だ。突き放しても身を引いてもこちら側に入ってくる。しかもごく自然に、違和感など感じさせないで。嫌ではない。むしろ心地よい距離感だった。
けれど、それは。
 
 
「あ……嫌でしたらすみません」
「別に嫌ってわけじゃーー」
 
 
言ってから失言に気づいて口を閉じたが、出てしまった言葉は音としては消えてしまっても本当の意味で消えることはできない。嫌だと言ってしまえば拒絶できたのに、今出してしまった言葉はその逆だ。
ジュエルが顔を輝かせて両手を宙に突き出しはしゃぐ。
 
「あったしもやるー! テッドさん手ー上げてー!」
「い、いやさっきのなしっ。っていうかあんた関係ないじゃん!」
 
 
急いで否定してももう遅いらしい。後ろにいるタルも楽しげに言った。
 
「気にしない気にしない。俺もやるし」
「気にしろってば」
「しないしない。いいよなカイン」
「……ああ」
「ほらほらリーダーの許可が出たよ。手上げて手!」
「だーかーらー!」
 
 
しばし悪あがきしてみても、リーダーから許可までされた2人を相手にどうにかできるはずもなく、その日が終わるころには戦闘終了のたびにやらされるようになっていた。
敵を倒した後集まって、仲間の手を叩く。
もちろんソウルイーターを宿していない方の手で。
 
人を近づけてはいけないという思いはまだあった。けれど合わせられる手を本気ではねのけることもできなかった。……きっと、触れる手が暖かかったせいだ。少し言い訳のように、自分の心に弁解する。
 
 
長い時間が経ってからも、その合図を忘れることはできなかった。何度も何度もやらされたせいに違いない。誰かの手を叩きたくなるたび、そう思った。叩く手はもうどこにもないと知っていても、探してしまうことは、あった。
 
 
 
   +
 
 
 
「うまくいったぞテッド!」
 
 
建物の裏手で待っていると、赤い服を着た少年が駆け寄ってきた。リュウは時々勉強の時間に家を抜け出す。大抵は自分でどうにかしていたが、今日はグレミオのガードが思いの外固かったのでテッドも一枚噛まされたのだ。手伝ったといっても注意を引き付ける程度のことだったが。
 
「やったなリュウ」
 
これで自分も共犯で、後で皆に怒られるのかと思ったが、それよりもうまくいったという満足感の方が強かった。スリルの後の勝利の喜び。清清しくてたまらない。リュウの言ういたずらの楽しさがよく分かった。確かにこいつは爽快だ。
 
 
「よしリュウ、手上げろ」
「ん? こうか?」
 
上げたリュウの手の平を思いきり平手で叩く。パアン、と気持ちのいい大きな音がした。
 
「痛ってぇ! 何すんだよ!」
 
 
 不満げに手をさするリュウに向かって、テッドは笑って言った。
 
 
「勝利の合図だよ」
 
 
 
 
 
 
 
 
 

talk

 
 
最初は坊ちゃんと2主のネタだったのですが、思考が巡り巡ってテッドの話になりました。
この合図はテッドと坊ちゃんの間で毎回かわされるようになればいい。
そんで坊から4にやって、4があれって思えばいいと思うんだ。
 
4主→テッド→坊→4主っていうループで何かが伝わるって素敵だと思うんですよね。
坊は何も知らないから4主にやったり見せたりして、4主が自分もテッドに何かあげられたんだと知ってちょっと嬉しくなればいい。
 
 
2005.10.2

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