カナリア*

雰囲気的な5つの詞(ことば):憶

01.忘れないで、だなんて (テッド&4主)

 
 
 
 
空高くで雲が凪いでいた。突き抜けるような晴天が頭上に広がり、波間を掻き分けて進む船の上には明るい声が満ちている。
 
「何やってんの、お前」
「テッドさん」
 
楽しそうにはしゃいでいる仲間達から少し離れ、それを眺める黒服の少年にテッドはつい声をかけてしまった。混じってくればいいものを、さっきから見ているだけで動こうとはしない。どこか愛おしそうに目を細め、微かな笑みを浮かべている。
 
「楽しいなあと思って」
「いやお前、ずっと見てるだけじゃねえか」
「そうですけど」
 
僕はいいんですと言われたけれど、何がいいのか分からない。仲間達の姿を遠目に見ながらカインがぽつりと呟いた。
 
「忘れないでくれるといいな」
「……何を」
「この船で過ごした毎日のことです。僕はここがとても気に入っているから」
 
こんなアクの強い人間ばかり集まった船での日々を簡単に忘れられたら、それはそれですごい。けれど――忘れないで、だなんて。
 
自分も忘れないでという意味と、近いうちにいなくなってしまうだろうという思いがそこに含まれている気がして、テッドは何も返せなかった。
 
 
 

02.それはもう過ぎ去った日々 (坊&テッド)

 
 
 
「……なあ」
「嫌だ」
「まだ俺何も言ってねえじゃん」
「い・や・だ! 俺は諦めねえぞ!」
「つったってなあ……」
 
テッドの家に押しかけてリュウが作ろうとしているのは、バースデーケーキだった。明日はグレミオの誕生日、折角だから何かを手作りで渡そうと思った。今までは台所を彼に見つからず使用するということが不可能だったのだが、テッドの家なら当日までばれずに作業することができる。
 
「だがリュウ、言わせて貰う」
「なーんも聞こえねえよ。俺は今忙しい」
「お前に料理の才能は絶対にない」
「聞こえねえつってんじゃん!」
「返事してるじゃねーか!」
 
小さい頃から家事は一切したことがなかった。掃除や洗濯、料理は全てグレミオの仕事だったのだ。気まぐれに手伝おうとしても、外行って遊んできてくださいと言われる――つまり戦力外通告を言い渡される。仕事を増やすくらいなら何もするなというわけだ。
 
ちょっとくらい失敗してもいいように材料を多めに買い込んで、練習用に作った1回目のケーキは不思議なくらいに真っ黒に焦げた。しかも膨らまなかった。2回目はその失敗を生かして火力を弱めたら半分以上ナマの生地ができた。食べてみたら粉っぽかった。
 
仕方ないので一旦生地作りを休んで生クリームをあわ立てていたら、力みすぎてクリームを部屋中に飛ばした挙句にボールをひっくり返した。テッド宅の台所は嵐でも通り過ぎたかのように、見るも無残な惨状と化している。ちなみに最初に切った苺のスライスは見事に不揃いで不恰好になってしまった。
 
「なあリュウ……頼むから手伝わせてくれ」
「嫌だ! 意地でも自分で作る!」
「部屋をこんなにされる俺の身にもなれ!」
 
散らかり放題の台所を見回して少し考え、口を尖らせながらリュウはボールをテッドに渡した。確かに、これは少しやりすぎたかもしれない。テッドが慣れた手つきでクリームをかき混ぜていくのが何だか悔しい。二人で作ると、チーフコックがテッド、自分はアシスタントになるから嫌だったのだ。
 
「リュウ、小麦粉300g入れて」
「ん」
 
計るのが面倒くさかったので袋から直接ボールに入れようとしたら、ちゃんと計れと怒られた。テッドが自分で計り始めたのでリュウは混ぜる係りになろうと考えたが、また飛び散らせて文句を言われるんだろうと思って止めた。
 
「テッド、お前誕生日っていつ」
「なんで?」
「お前の誕生日こそは一人で作ってやるよ」
 
今回のチーフコックは譲ってやるが、次は絶対自分で作る。どうせなら挑戦状を叩きつける意味でテッドの誕生日がいい。腰に手を当てて宣言したら、なぜだかテッドに苦笑されてしまった。
 
――誕生日ケーキを、作ってやる。
 
それはもう過ぎ去った日々の、果たせなかった小さな約束。
 
 
 
 

03.そういえばあの日は、 (4主&テッド)

 
 
 
旅を続けていれば、たまにばったり会うこともある。何年後に再会できるかという賭けもしているので、久しぶりに会った日は必ず食事を一緒にとることにしていた。
 
「今回は僕の勝ちですね」
「へっ、いーよ何食いてえ?」
 
賭けの景品は食事。たった一度おごるだけ、その程度のものだ。けれどこの長い時間を生きる中で、テッドとのその賭けはカインの楽しみにもなっていた。久しぶりの再会場所は赤月帝国の首都だった。
 
小さな村の食堂で、適当なものを注文して互いの訪れた土地の話をする。数年違いで同じ大地を踏んでいたり全く別方向だったり、話のネタはなかなか尽きない。彼と情報交換をするのは世界の動向を知るのにも役立っていた。
 
「次は何年後にする? 俺は三十年前後」
「僕はまた十年前後にします」
「十年逃げ回ってやるから覚悟してろ」
「じゃあ僕は逆に探すことにしますよ」
 
何度も交わしてきた「また」の言葉。その時はこれが最後になるなんて思いもしなかった。そういえばあの日は、なんとなくまだ別れたくないような気がしたんだっけ。
 
 
 
 

04.もう戻れないけれど (テッド&坊)

 
 
 
冷えた石の床が体温を奪っていく。少し動いただけで体中が痛みに悲鳴を上げた。捕まってからもう何日経つのか分からなかったけれど、日付の感覚なんてとっくの昔に麻痺しているからあまり気にならなかった。
 
テッドは右手の甲をかざして見つめてみる。何の模様もない右手がやけに軽く感じた。それは奇妙な感覚だった。
 
(あいつ、どうしてっかな)
 
心にあるのは、ただ一人の親友の顔。ずっと守り続けてきた紋章を託していいと思えた相手。出会ってからまだ二年しか経っていないけれど、一緒に過ごした日々は今までが信じられないくらいに楽しかった。あっという間に過ぎていってしまった。ソウルイーターがなければ、一緒に生きていけるならどんなによかっただろうと、何度思ったか。
 
一瞬でも心から幸せだと思えたのは一体いつぶりだったろう。――きっと、もうあの日々には戻れないけれど。
 
 
 

05.記憶の中の君が (坊&4主)

 
 
 
「お前って今いくつよ?」
「170、と少しかな」
「ふぅん……全然ぴんと来ねえな」
 
テッドの墓前で出会ったのは南の群島生まれの少年だった。テッドの知り合いだ というので家に連れてきて、夕食後は客間でずっと話している――といっても彼があまり口を開いてくれないので、ほ とんど自分が喋っているだけだ。
 
「……テッドが最後に出会ったのが、君のような人でよかった」
「は?」
 
唐突にそんなことを言われ、リュウは目をしばたきながらカインを見た。褒めら れたのだろうがなんともむずがゆい。リュウが頬をかくとカインは微かに笑った 。
 
「何だよ急に」
「君の話の中のテッドはとても楽しそうだから」
「……かな」
 
バカ話ならいくらでもしたけれど、彼が心中を語ってくれたことはほとんどない 。だからテッドが何を思っていたか、実のところは分からなかった。
 
けれど記憶の中の彼がいつも笑っていたから、楽しいと感じてくれていたのだと 思いたい。できれば、ささやかでも幸せを感じてくれていたら、いいな。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
雰囲気的な5つの詞:憶
お題配布元:http://loca.soragoto.net/
 
2007.1

モバイルバージョンを終了