カナリア*

どうせなら、いっそ

一人で風呂に向かう途中、階段の角を曲がったあたりで、クロデキルドにばったり会った。

「くっ、クロデキルド様!」

不意のことに、思わずアスアドの声が裏返る。短い金髪を風に揺らしながら振り返った彼女は、わずかに不思議そうな表情を浮かべる。……まずい、驚きすぎた。

「あ、その、すみません、少しぼんやりしていたもので……」

急いで動揺をごまかしながら首をかき、アスアドは視線を逸らす。顔を合わせただけで取り乱してしまうなんて変人にもほどがある。クロデキルドが小さく笑ったので、アスアドは体中の血が沸騰しそうになった。

格好悪くて視線を合わせられない。けれど、少しでもその笑顔が見たい。
矛盾する気持ちが闘いを始めて、結局誘惑に耐えられず、アスアドは彼女の顔にちらりと視線を向けた。
涼やかな目も、すらりと伸びた鼻も、少し上がった口角も、金に輝く髪も――全てが整っていて美しい。視界に入れるだけで、頭の中が幸せに白く塗りつぶされる。

いつでも彼女は光を纏った女神のようにアスアドには思えた。どこにいても、どれだけ離れていても、景色に彼女がいれば必ず視線が止まる。闇に紛れていてもきっと彼女の光を見つけられよう。
見ているだけで幸せな気持ちになれる。けれど同時に、胸がとてもざわつく。どうしても自然体ではいられない。
影を縫われたように動けなくなるのだ。息を呑んでしまう。目が、視線が、彼女から離せない。

「お姉様」

第三者の声がその場に介入して、アスアドはようやく金縛りから解放された。クロデキルドの隣で揺れる、同じ色の長い髪。フレデグンドが少し拗ねたような表情でクロデキルドの腕を引いていた。

「あ……その、お二人ともどちらへ?」

それでようやく、アスアドはフレデグンドの存在に気がついた。そして二人がそれぞれ小さな包みを抱えていることにも。
毎度のことながら、自分には注意力が足りなさすぎる。次こそは気をつけようと、何度目になるか分からない自分への戒めの言葉を心に刻んだ。

「我々は湯浴みに向かうところだ。貴殿は?」
「ちょうど俺も風呂へ。前までご一緒してもよろしいですか」

はやる心を必死で抑えながら、アスアドは努めて静かに訪ねた。「勿論だ」というクロデキルドの返事に、自分でも恥ずかしくなるくらい心が躍る。

「ありがとうございます!」

心のコントロールが効かないのは、彼女に出会ってからずっとだ。
最初はその容姿に惹かれた。次は女性とは思えない剣の腕、心の強さ、そして下の者を心酔させる統率力。知れば知るほど頭から離れなくなった。
考えるだけで胸が苦しい。……この気持ちを、何と呼ぶのかは知っている。
告げようという気は、決して持てないけれど。

「では、向かうとしよう」

そう言ってクロデキルドが身を翻した。追いかけようとして、フレデグンドの視線に気付く。
整った容姿も姿もクロデキルドそっくりだと皆が言うけれど、一目見ればアスアドには違うと分かる。たとえ身長や髪型、服装が同じでもきっと見分けられるだろう。
だってフレデグンドを見ても、この心臓は暴れはしないのだから。

そのフレデグンドから、なぜだか少し睨まれたような気がした。
彼女がクロデキルドを追って行ったので、アスアドも早足で同じ方向に向かう。
クロデキルドを挟んで三人で並んだ。風呂場なんてすぐだけれど、それまでの短い時間でも隣に立てるということがたまらなく嬉しい。

「お姉様、今日もわたしにお背中を流させてくださいな」

そう言ってフレデグンドがクロデキルドの腕に手を回した。ぴたりと身を寄せ会う二人に、ついアスアドの顔がこわばる。
クロデキルドと腕を組むなんて、なんて羨ましいのだろう。自分なんて彼女の半径20センチメートル以内に近づくことすらできないというのに。
そしてそれ以上に、彼女の背中を流せるなん――いや! 何を考えている、想像なんてするんじゃない破廉恥な! 耐えろ! 耐えろ男アスアド!! フレデグンドはクロデキルドの妹君ではないか。しかし言い方から察するにこれが始めてのことでは――いやだから気にするなというに! 姉妹の仲がいいのは非常に喜ばしいことではないか。
頭の中で目まぐるしく言葉が飛び交い、必死で顔に平静を保つ。必死すぎて顔が完全に強ばったけれど、取り乱すよりはまだマシだろう。

「またか? まったくお前は……」

そんなこちらの様子にはこれっぽっちも気づかぬ様子で、クロデキルドが苦笑を浮かべる。しかしその表情は、懐くフレデグンドを微笑ましく思っているような、慈愛に満ちた表情だった。

ちらりとフレデグンドがこちらを見る。アスアドは慌てて目をそらした。

「だってわたしは、お姉様が大好きなんですもの」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれる」

……隣に別世界が出来ているような気がする。

3人で歩いているのに、自分は完全にはみ出し者だ。自分はクロデキルドの隣にいられるというだけでとても幸せではあるのだけれど、でも、この空気は少し辛い。
大好きなんて言葉、するりと言えるフレデグンドが羨ましい。自分には口が裂けても、冗談でも酒の勢いを借りてでも言えやしないというのに。
妹というポジションは、なんと羨ましいものなのか。

「着いたな。それではアスアド殿、また」
「ごきげんよう」
「え、ええ……」

腕を組んだまま女湯に消えていく二人を力ない笑顔で見送って、アスアドはため息とともに肩を落とした。
この気持ちを告げようとは思っていないし、見守るだけで構わない。そんな恋だってあると思う。

でも、それだったら、いっそ。

女性に生まれたかった……。

ただ見つめるだけの恋ならば、男でも女でも条件は一緒だ。それだったらいっそ、男でなければよかったのに。
そんなことを考えながら、アスアドは再びため息をついた。

アスアドの恋を応援し隊。

なんかほんと、アスアドは乙女すぎると思います。ティアクライスで最も乙女なキャラは、アスアドかフェレッカのどちらかですよね。
だってアスアドが女性キャラクターに混じって恋バナしてるところを想像しても違和感ないんだ!
アスアドの片思いっぷりはかわいくてたまりません。不憫すぎて応援したくなる。
最大の障害は絶対フレデグンド。大好きなお姉様を男なんかに取られたくないですよね…いや姉妹的な意味です私のは…

アスアドは結局、告白はしたんでしょうか。最後はクロデキルドの国に行ったけど、何も告げないままその役に就いたのか、告白してフられたけどそれでもなお追いかけたのか、その辺重要だと思うんですよ!
ヘタレのままなのか男を見せるのか!どっち!?

09.1.13

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