カナリア*

真紅の晶石

※ネタバレ※
砂漠を見ていない人は読まないように

今日、港を訪れた少年に問われた。

やっとの思いで手に入れた真紅の晶石は、誰のためのものなのか――と。
いつかいい人ができたら渡すものだと私は答えた。言葉に、思いに、嘘はなかった。
けれど、

その言葉を発した瞬間、私の中でどこかが痛んだ。
一体どこにそれを感じたのか、私には分からない。けれど確かに、堪え難いほどの痛みが体内を駆け抜けていったのだ。
なぜだろう。分からない。理由なんてないはずなのに。痛みなど感じるはずがないのに。

――なぜ私は。

真紅の晶石はこのサルサビルにもなかなか回ってこない貴重な石だ。私はこの石を購入するために、何度も港を訪れた。それこそ仕事が終わるたび、ほぼ毎日のように。すっかり互いに顔を覚えた港の店主に、またあんたかと苦笑されるのがほとんど日課で。今では世間話から家族の話までする仲にすらなった。それほどまでに、私はこの石を欲していたのだ。

なぜだろう。
なぜ私はこんなにも、真紅の晶石を求めていたのだろう?

誰かに渡すつもりでいた。
けれどその誰かが、私には思い至らない。

誰かがこれを欲しいと言った。
けれどその情景が、私には思い描けない。

誰かに喜んでほしかった。
けれどその理由が、私には解らないんだ。

――なぜ、私は。

私はずっとサルサビルに住んでいる。この町で就職したし、他の町にはあまり行ったことがない。
なのにどうしてだろう、ずっと帰りたいと思っていた気がする。ずっと会いたいと思っていたはずなんだ。どこに、誰に? 帰る場所など、今いるこの町しかないのに? 独り身の自分を待つ人など、存在しないのに――?

寝る前にいつも、誰かの名前を呟いていた気がする。
仕事中もずっと、誰かのことを想っていたはずなんだ。
待っててくれと言った。必ず帰ると約束したんだ。そんな私に、気を付けてと言ったのは誰だろう?

「あなた」

そんな声を、
愛しいあたたかい声を、
誰よりも大切な人の名を、知っているはずなのに!

――なぜ、私は、思い出せないのだろう?思い出してやれないのだろう。

奥さんはと少年に問われ、妻はいないと私は答えた。
途端に再び体を駆け抜ける、激しい痛み。
目の奥が燃えて、そこから液体がこぼれ落ちた。

どうしてだろう。理由は分からない。けれど心が痛くてたまらない。涙が溢れて止まらない。遠い記憶の果てから私を呼ぶのは誰だろう? 私は誰を――愛したんだろう?

「どうして妻と聞いただけで涙が出るんでしょうか……私には妻なんかいないのに……」

私はただそこに立ち尽くしながら、溢れて止まらない涙をそっと拭った。
手の中で紅く澄んだ石が光って見えた。その感触はとても冷たくて、私は不意にこれを、やっとの思いで手に入れた石を、海に投げ捨ててしまいたい気持ちに駆られた。こんなもの。渡す人もいないもの。持っている意味などないだろう?
誰か教えてくれ。一体何のために。何のために、私は!

「あな……た――」

私を呼ぶ声。遠い記憶の向こう。それが徐々に薄れて消えていく。港から聞こえる波の音に、かき消されて溶けていく。

夢でも見たのだろうか。待つ人のいる幸せな夢を。ありもしない情景を。
そうだ。きっとそうだろう。だってそんな相手など自分にはいないのだから。
誰かそうだと言ってくれ。その夢を覚えてなどいないし、誰を思っていたのか分からない。

けれど、大切にしたという事実だけは――誰かを愛したことだけは。

想いだけはこの胸の中にある。まだ確かに、覚えているんだ。


サルサビルに単身赴任中の夫と、帝国で帰りを待つ妻。
序盤からいて、話しかけると時々台詞が変わるんですよね。

奥さんはずっと夫のことを思って待ってて、夫もずっと妻思って帰ろうとしてる。その二人を密かに応援していました。最後どうなるのかなって、夫が帰るのを楽しみにしてた。それが、それがこんな結果ってないーーー!!!(T□T)
おじさん泣かないで!泣かないでよ……!!と、こっちまで悲しくなったエピソードでした。

妻の存在すらも忘れてしまっているのに、愛した気持ちだけは覚えてるんだよ!だから泣けてくるんだよ!!
男女共に名前もグラフィックもありませんが、けどだからこそ、語るに足るドラマがあったと私は思う!

ああーおじさん、強く生きて…。
まだクリアしてないんですが、このおじさんの動向が気になってサルサビルに寄るたび話しかけてしまいます。いい人見つかるといいですね…。

08.12.26

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