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「……、え?」
状況がとっさに理解できなくて、サキは一瞬思考が止まってしまった。だって、今まで一度も、カインが膝をつくところなんか見たことがない。どんな強行軍で動いてもどれだけ過酷な戦闘でも、疲れすら見せずに立っていた姿しかサキは知らない。
本当に、一度も。
「えっあっあの! 大丈夫ですか!?」
数秒の後に我に返り、サキは自身も膝をついてカインの顔を覗き込む。青ざめた顔色、苦しげな吐息。脂汗を額に浮かべながら、それでも彼はこちらに微かな笑みを返した。
「ごめん、平気だから……」
「で、でも」
その言葉を素直に受け取れるような状態では決してない。思わず腕に触れてみて、その熱さに驚いた。
「……お前さあ、なんで言わねえの?」
不機嫌さを押し殺したような声でリュウが言う。一度休むかと途中彼は聞いた。それに対しカインは別にと答えていたが、本当はその時から体調が悪かったのではないだろうか?
言ってくれれば、いくらでも。
休憩するなり肩を貸すなり、何だってするのに。
――違う。
きっと、気付かなきゃいけなかった。変だなと思う箇所ならいくらでもあったのに。
歩いてる間、喋っていたのはサキとリュウだけだ。カインは無口な方ではあるけれど、いつもならもう少し会話に参加してくれる。山頂でだって、仲間たちとはぐれている時に遺跡を見つけたことは前にもあった。その時折れてくれたのはカインの方ではなかったか。
そうだ、岩場を登ったからといって、普段のカインなら座って休んだりするだろうか。同じように登っていったリュウは動き回っていたのに?そもそも岩場を登り始めた時から――
――ばか。
気付くチャンスなんていくらでもあったのに。
きっとありえないと無意識のうちに考えから外していたんだろうけれど、そんなの言い訳にもならない。
「……ごめんなさい」
気付けなくて。
それだけをただ口にする。カインは少し不思議そうに首を傾げた。何に対して謝られているのか分からないというように。
「もしかして最初の草って、毒性のあるものだったんですか?」
二人を放り投げた理由もきっとそれなんだろう。カインは何も言わなかったけれど、いや何も言わなかったからこそ、自分の言葉が間違っていないことをサキは知る。違うときははっきりそう言う人だ。
「大丈夫。迂回するなら早く行こう」
カインが少しふらつきながらも立ち上がる。手を貸そうとしたけれどやんわり断られてしまってなんだか寂しい。
「――、そうしたいとこだったんだがな」
リュウが視線を辺りに向けながら棍を一度回す。風が鳴り、それに反応するように周りの空気に違うものが混じった。草を踏む音、研ぎ澄まされた緊張。それが意味するものなんて、考えるまでもなく知っている。
「突っ切った方が早そうだ」
こちらは風上のはずなのに。視線を下に戻すと、今までそ知らぬふりで休んでいた数体の魔物がゆっくりと立ち上がった。周りを囲む獣の数を気配で探る。下に4、左に5。右手の川の向こうにも、2体が姿を見せた。合計11、普段ならばなんてことはないのだが、今のこの状態では少し厳しい。
「僕のことは気にしないでくれてい」
「お前そろそろ殴るぞ!」
カインの言葉を遮ってリュウが言う。視線は魔物たちに向けたまま、けれど目を見なくても怒っているのがはっきり分かる声音で。
なんでかな、とサキは思う。
気にしなくていいというのはきっと、傷つこうが倒れようが構うなという意味なんだろう。この数を相手にするのに、他人を構っている余裕がどれだけあるかサキにも自信はないけれど、気にならないはずがない。決して越えられない線を引かれている気がして、そこから入ってくるなと言われたように思えた。
(――ぼくたちは、そんなに頼りないですか?)
そう問い掛けたいのを堪え、サキはカインに背を向けるように立ってトンファーを構えた。先の言葉の代わりに口にしたのは、
「一体も倒さなくていいですから、ぼくたちから離れないでくださいね」
というもので。
「サキ、僕は――」
「カインさんの希望は聞きました。でもそれを叶えるかはぼくたちが決めます」
いつも助けてもらってばっかりなんだから、たまには力になりたい。それにカインがこんな状態なのは、落ちていたときに彼が自分達を守ってくれたからだ。もしカインが一人だったなら、水の紋章の力をあんなに使うこともなく、自分で回復していただろう。
カインは少し困ったような表情をしてリュウを見る。リュウは視線を返すことはしなかったが、静かに棍を携えたままで答えた。
「――たまには、俺たちにも守らせろ」
カインは静かに目を伏せ、かすかに笑って息をついた。
「……うん、ありがとう」
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07.09.30