カナリア*

無題 05

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「じゃあ、よろしくお願いします」
 
 
村に着いて場所を尋ねてみれば、ティントからそう遠くない山の中だった。
 
とりあえず怪しまれないような内容の手紙を、ティントのリリィ宛てに届けてもらえるように頼んでおいた。リリィが父の市長に言ってくれれば、城までサキたちの居場所は伝わると思う。ただもしかしたら手紙が届くよりも、ルックや星辰剣が見つけてくれる方が早いかもしれない。
 
 
「はいよ。お兄さん、何事もなくてよかったねえ」
「…………あっ、はい。ありがとうございます」
 
一瞬クエスチョンマークを浮かべかけてから、サキは慌てて普通に答える。説明がややこしくなるのでとりあえず、3人は兄弟ということになっているのだ。
 
 
もう一度礼を言って別れ、リュウたちのいる部屋へと向かう。小さな村で宿らしい宿もなかったので、ベッドのある民家の一室を貸してもらっている。
 
目的の部屋に辿りつき、できるだけ静かに戸を開けた。狭い質素な部屋のベッドではカインが寝息を立てている。倒れた彼を大急ぎで二人で村まで運んできた。出してもらった薬草のおかげで大事には至らず、もう少し落ち着けば起きるかもしれない。
 
 
「……俺さあ、こいつの何も言わねえとこ、嫌い」
 
その横で椅子に逆向きに座りながら、背もたれにあごを乗せてリュウが呟く。小さな子供がふてくされたような顔でカインを見下ろしているので、サキは思わず少し笑ってしまった。
 
 
「リュウさんは気付いてたんですか」
「んー……まあ、大体」
 
山頂で感じた違和感は、だから、なのか。崖を登りきった時にカインが休んでいたのも、リュウが珍しく無茶を通さなかったのも。自分の鈍さ加減に凹みながら肩を落とすと、
 
「俺は前にあの草見たことあったからさ。あんま気にすんな」
 
苦笑しながらリュウがこちらを振り向いてフォローしてくれた。それでもやっぱり気付けなかったことが少し悔しい。いつでもカインは助けてくれる。けれど今までに自分が何かを返せたことがあっただろうか。
 
カインに対してもリュウに対しても何も思いつかなくて、なんだか申し訳ない気分になりながらサキはリュウの隣の椅子に腰を下ろした。
 
 
「つーかさあ、俺らってこいつにとって何なわけ?」
 
カインの寝顔を見下ろしながら面白くなさそうにリュウが言う。何だろうなあとサキは考えたけれど、うまい言葉が思いつかなくて答えられなかった。
 
 
「そりゃー俺たちの中ならカインが一番強いけどさあ。俺らだって別に弱くないじゃん? なんか腹立つよな。なあ!?」
「えっはいっ」
 
急に強い語調でこちらを向かれたので、思わずびくりとしてしまった。……でも、そうか。リュウも考えたことはサキと同じだったのかもしれない。何も言ってくれないで、守ろうともなかなかさせてくれなくて。
 
「ぼくたち頼りにされてないんですかねー……」
 
サキもふてくされながら、そんな言葉をため息と一緒に吐き出す。自分自身の頼りなさが悔しい。彼にとって自分達は“守る対象”でしかないのだろうか、守らせてはくれないのだろうか。それはリュウに対して向けた言葉だった。
 
 
が。
 
 
「頼りにしてないわけじゃないよ……」
 
 
思わぬ方向、下から聞こえてきた声にサキは一瞬固まった。そろそろと視線を下に向ければ、カインが目を開いてこちらを見ている。少しぼんやりした様子で「おはよう」と気の抜けるような声を発してきた。
 
「あの、大丈――」
「言えばか頼れムカつく!」
 
いたわりの言葉をかけようとしたサキの横で、リュウが口を尖らせながら怒鳴る。この人自分より年上だったよなあと真剣に考えてみたくなるような、思いっきり子供っぽい口調で。きょとんと目をしばたいたサキの横で、カインも「うん、ごめん」と苦笑気味に答えた。
 
 
「でも、本当に。二人のことは信頼してるよ」
「へーふーん」
 
リュウの返答は棒読みだった。どこの子供だろう。
 
 
「気を悪くしたなら謝る。ごめん」
「……もう、いい」
 
リュウはふいと顔を背けると、立ち上がってそのまま部屋を出て行ってしまう。静かに閉まった戸を見つめながら、「怒らせちゃったかなあ」とカインが困ったように呟いた。
 
「怒ってるのは、カインさんに対してじゃないと思いますけど」
 
本当に怒りを向けたい対象はきっと頼ってくれなかったカインに対してではない。許せないのは自然に頼ろうと思わせられない自分自身で、だからこそ八つ当たりしか出来なくて悔しいのだろう。
 
「ぼくもちょっと、何だかなあって思いますし……」
「……うん、ごめん」
 
 
謝って欲しいわけではないのに、言わせてしまうのはどうしてなのだろう。お互い目を合わせないまま沈黙が落ち、静かな空気がその場を支配した。
 
 
「……僕は、もうずっと、一人だったから」
 
窓の外に目をやりながら、カインが言葉を探すように言う。
 
「分からなかったんだ、どうしていいのか。もう長いこと、誰かに助けられたことなんてなかったから――」
「……」
 
 
カインの生きてきた時間をサキは知らない。自分のほぼ十倍生きてきた相手の人生なんて想像しようもなかった。彼は一人でも生きていける人だ。生活のことは何でも人並み以上にできるし、戦いだって彼の敵になれるような相手はほとんどいない。実際、カインが誰かの世話になることなんてなかったのだろう。これからだって同じに違いない。
 
でも。
 
「今はぼくたちが隣にいるんだってこと、忘れないでください」
 
俯きながら手を握り締め、乞うような気持ちでサキは言う。自分がまだ未熟すぎるのは知っているし、至らなさに情けなくなることはある。けれど、尊敬する二人の隣に、立ちたい。守られるだけではなく助けられるだけでもなく、自分だって力になりたい。同じ位置に立ちたい。
 
そう、思うから。
 
 
「……うん」
 
カインが静かに頷いたので、サキも小さく笑った。慣れていないなら慣れていけばいい。たぶんきっと、それだけのこと。
 
 
「さて――と。手当てをしてくれたのはこの家の人? お礼を言いに行かないと」
「起きて大丈夫なんですか?」
「平気、体は丈夫な方だよ」
 
カインはゆっくり体を起こし、ベッドから降りて立ち上がる。視線を向けられ、サキは案内するために先導して扉を開けた。廊下から家主が庭にいるのが見えたので、二人は揃って外へ出る。
 
斜面に沿って吹き上げる風が足元の草を揺らしていた。長く張ったロープに洗濯物が干してある。その揺れる白が広がる緑と青の中によく映えた。ぽつりぽつりと草原の中に家が立っていて、心を落ち着かせてくれるようなのどかな景色だ。
 
 
「おーい、ルックが迎えに来たぞ」
 
振り返ればリュウとルックの姿。他の皆は瞬きの手鏡で無事に帰ってこれたらしい。やはり手紙よりもルックの方が早かった。やっぱりもういいですと、今から言いに行ったら間に合うだろうか。リュウとカインの目が合って、一瞬気まずい空気が流れかけたけれど、
 
「良かった、じゃあお礼を言ったら帰ろうか」
「お前、もういいのか」
「うん」
「じゃ、遺跡はお預けにして帰るか」
 
リュウもさっきのことに関しては何も言わなかった。少し外を歩いて落ち着いたのかもしれない。ほっとしながらルックを見れば、無理矢理遣いに出されたのかあからさまに不機嫌だった。こっちは後で何かしら礼をしなければ。
 
 
「ごめん、次はちゃんと言うから」
 
そう言ったカインに、
 
「……、当たり前だ」
 
リュウはまだ少し機嫌が悪そうにそう答える。けれど次の瞬間にはパンと勢いよく手を打って「はいこの話おしまい! 帰るぞ」といつも通りに笑った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
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07.10.21

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